現在、小牧市東部地域で進められている学校再編計画。
日本ではどんどん少子高齢化が進む現在、小牧では東部地域の少子高齢化が特に顕著。ほとんどの小学校が1クラスに。
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現在の5小3中から2小2中にする計画(2027年度スタート)を発表。篠岡小中、陶小、大城小は閉校に。桃ヶ丘小/桃陵中と光ヶ丘小中はしばらく存続。
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これまで何度か説明会などを開催。
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小牧市「桃ヶ丘小/桃陵中と光ヶ丘小中の名称を篠岡西小、中と篠岡東小、中に変えるかも」←今回扱う話題
そんな中、桃ヶ丘小/桃陵中と光ヶ丘小中の名称を篠岡西小、中と篠岡東小、中に変えるかもという新たな発表。
SNSでの反応見ても反対意見が多く、そもそも計画発表段階からなんとか「篠岡」というワードを残そうとする動きに疑問を呈す方も多くいました。
今後少子化はさらに進んでいくため、時間の問題で2小2中から1小1中になる計画も発表されています。その1小1中になった時の学校名に「篠岡」が入るのだとしたら理解できますが、この件については意味不明かなと。
なぜなら、桃花台造成後の桃ヶ丘と光ヶ丘という地にでき、開校以来ずっと「桃ヶ丘小/桃陵中」「光ヶ丘小中」という名称でやってきたからです。それを突然「篠岡」というワードで学校名を塗り替えるのは、謎の乗っ取りのようなものと捉えられても仕方ないでしょう。
今更そんなことをするなら、そもそも桃花台造成後に新たな学校が増えるタイミングで「篠岡+方角」の学校名にしとけばよかったじゃん、としか言いようがありませんね。
学校の主役というのは、そこに通う生徒たち。その子らが納得する校名にしてほしいところ。
「篠岡って言ったら、篠岡小中のことか篠岡1丁目~3丁目のことじゃないの?」という捉え方をしている方もいると思います。
本来「篠岡」というのは篠岡村を指す言葉です。※1955年に小牧町・味岡村と合併し消滅→小牧市誕生
その篠岡村の範囲が小牧市の東側半分ほどだったため、いまだに小牧市東部のことを篠岡と呼ぶ方(高齢者に多い)がいるわけです。また、行政が現在も小牧市東部のことを「篠岡地区」と呼んでいるため、それがややこしくなっている原因でもあります。
つまり、真の意味での「篠岡」は1955年に消滅しています。
市は「ホームページにはアップしていた」というスタンスかもしれませんが、市のHPをこまめにチェックする人なんてほとんどいないはず。
それを分かった上で、「どうせ突っ込まれたり反対意見が殺到するから、なるべく水面下で素早く色々と進めておきたかった」という思惑を感じましたね。
こういった重大な計画というのは、
まずは該当校の教師陣に通知。教師陣が計画を理解
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できる限り早く生徒、保護者に説明
といった順序がとられるべきであり、こんな個人が運営している地域サイトを見て計画を知ったという該当校の保護者の方が存在している時点で論外である。
こういった計画は全員が納得という状態にすることは限りなく難しいものの、もう少し不安や疑問の声が減ったうえで計画実行となることを期待したい。
これまでの流れ
日本ではどんどん少子高齢化が進む現在、小牧では東部地域の少子高齢化が特に顕著。ほとんどの小学校が1クラスに。
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現在の5小3中から2小2中にする計画(2027年度スタート)を発表。篠岡小中、陶小、大城小は閉校に。桃ヶ丘小/桃陵中と光ヶ丘小中はしばらく存続。
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これまで何度か説明会などを開催。
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小牧市「桃ヶ丘小/桃陵中と光ヶ丘小中の名称を篠岡西小、中と篠岡東小、中に変えるかも」←今回扱う話題
桃小/桃陵中、光ヶ丘小中に通う生徒や保護者の方は納得できるのか
急ピッチで進められており、曖昧な点も多く、不安の声や疑問の声もあがりがちな東部地域の学校再編計画。そんな中、桃ヶ丘小/桃陵中と光ヶ丘小中の名称を篠岡西小、中と篠岡東小、中に変えるかもという新たな発表。
SNSでの反応見ても反対意見が多く、そもそも計画発表段階からなんとか「篠岡」というワードを残そうとする動きに疑問を呈す方も多くいました。
今後少子化はさらに進んでいくため、時間の問題で2小2中から1小1中になる計画も発表されています。その1小1中になった時の学校名に「篠岡」が入るのだとしたら理解できますが、この件については意味不明かなと。
なぜなら、桃花台造成後の桃ヶ丘と光ヶ丘という地にでき、開校以来ずっと「桃ヶ丘小/桃陵中」「光ヶ丘小中」という名称でやってきたからです。それを突然「篠岡」というワードで学校名を塗り替えるのは、謎の乗っ取りのようなものと捉えられても仕方ないでしょう。
今更そんなことをするなら、そもそも桃花台造成後に新たな学校が増えるタイミングで「篠岡+方角」の学校名にしとけばよかったじゃん、としか言いようがありませんね。
学校の主役というのは、そこに通う生徒たち。その子らが納得する校名にしてほしいところ。
そもそも「篠岡」とは
今回の学校再編計画でも頻繁に出てくる「篠岡」というワード。「篠岡って言ったら、篠岡小中のことか篠岡1丁目~3丁目のことじゃないの?」という捉え方をしている方もいると思います。
本来「篠岡」というのは篠岡村を指す言葉です。※1955年に小牧町・味岡村と合併し消滅→小牧市誕生
その篠岡村の範囲が小牧市の東側半分ほどだったため、いまだに小牧市東部のことを篠岡と呼ぶ方(高齢者に多い)がいるわけです。また、行政が現在も小牧市東部のことを「篠岡地区」と呼んでいるため、それがややこしくなっている原因でもあります。
つまり、真の意味での「篠岡」は1955年に消滅しています。
変える必要のない学校名のことを考えている場合ではない
そもそも、今回の学校再編計画は該当校の生徒の保護者に上手く伝わっていない。市は「ホームページにはアップしていた」というスタンスかもしれませんが、市のHPをこまめにチェックする人なんてほとんどいないはず。
それを分かった上で、「どうせ突っ込まれたり反対意見が殺到するから、なるべく水面下で素早く色々と進めておきたかった」という思惑を感じましたね。
こういった重大な計画というのは、
まずは該当校の教師陣に通知。教師陣が計画を理解
↓
できる限り早く生徒、保護者に説明
といった順序がとられるべきであり、こんな個人が運営している地域サイトを見て計画を知ったという該当校の保護者の方が存在している時点で論外である。
こういった計画は全員が納得という状態にすることは限りなく難しいものの、もう少し不安や疑問の声が減ったうえで計画実行となることを期待したい。


